中国経済ホーム

第3章 農村における近代的工業部門

第1節 郷鎮企業の発展過程

1. 農業生産合作社、人民公社営農村工業、生産隊営農村工業

 郷鎮企業は1978年以降に現われた企業形態である。1996年の時点で郷鎮企業の総生産額はGNPの36%を占めている。郷鎮企業は前章でも触れたように農村における余剰労働力の吸収、農村生活基盤の整備、農村人口の都市集中の回避、農村と都市の格差の是正等の面で大きな役割を果している。

 郷鎮企業は1949年の新中国の成立と伴に計画経済を採用し、1978年の改革開放から市場志向経済となった中国の歴史から生まれた。郷鎮企業のル−ツをたどっていくと1951年頃に成立した農業生産合作社にたどりつく。

 農業生産合作社は農村に存在した工業製品への需要に応え、農業生産を増大させることを目的とした。あくまで農村副業であり、利益は農業生産へ投資された。

 1958年になると農村の人民公社化が図られ、農業生産合作社人民公社へと編入された。人民公社営農村工業は、農村工業化と農業機械化を目標としてかかげ政府資金も投入されたが、かえって農村経済を疲弊させる結果を招き、あまり成功しなかった。そのため中央政府は以前の農村副業を中心とする経営に戻すために人民公社の中の生産隊を経営主体にするなどの改善を行なった。中国における農村工業は郷鎮企業が現われるまではあくまで農業生産を発展させるための手段であった。またそれは中央政府の政策によって大きな影響を受けて、決して順調に発展しなかったことは表3-1からもわかる。しかし、それら農村工業が中央政府の政策によって制約を受けながらも農村に存在した需要に供給してきたことは注目するべき点である。また非難されがちな中央政府の政策も図3-2から類推するとそうはならないかもしれない。どちらも今日の郷鎮企業発展のためには欠かせない要素であったということができるだろう。

表3-1 経営形態別農村工業生産額の推移
                    (単位=億元)
農村工業 人民公社 生産隊営
1958 62.5
1959 100.0
1960 50.0
1961 51.8 19.8 22.0
1962 40.9 7.9 33.0
1963 40.2 4.2 36.0
1964 44.6 4.6 36.0
1965 29.3 5.3 24.0
1970 67.6 27.6 40.0
1971 92.0 39.1 52.9
1972 110.6 46.0 64.6
1973 126.4 54.8 71.6
1974 151.3 66.8 84.5
1975 197.8 86.8 111.0
1978 385.3
1979 424.6
1980 506.4
出所:舒小明(1997)『中国の農業セクターにおける郷鎮企業の一考察』,6頁。
図3-2 農村工業の生産額構成比(1978年)
図3-2 農村工業の生産額構成比(1978年)
出所:舒小明(1997)『中国の農業セクターにおける郷鎮企業の一考察』,7頁より作成。

2. 郷鎮企業の定義

 郷鎮企業のル−ツをたどれば、先ほどの農業生産合作社人民公社営農村工業生産隊営農村工業をあげることができるが、今日郷鎮企業と呼ばれているものは中国の戸籍上分類されている農民が経営している多種多様な企業群を総称するものである。

 郷鎮企業の”郷”と”鎮”はどちらも中国の行政単位である。中国には22の”省”、5つの”自治区”、北京、上海、天津、重慶の4つの”中央直轄市”、合計31の省市があり、それらを一級行政単位としている。更にこれらに属する”市”や”区”があり、そしてその下に”県”がある。県の下に第四級行政単位の”郷”と”鎮”がある。郷と鎮の下には更に”村”がある。

 郷鎮企業はその名の通り行政単位の”郷”と”鎮”によって経営されていると考えても間違えではないが、それは狭義の郷鎮企業である。

 広義の郷鎮企業は多種多様な企業群の総称なのである。それは所有形態によって以下のように分類されている。

  1. 郷鎮企業。企業の資産が郷の全体の農民に属し、企業が郷政府によって運営される集団所有制企業である。これには、郷と郷の連合経営、郷と村の連合経営、郷と国有企業の連合経営、郷と鎮の集団所有制企業の連合経営、郷と外国資本、香港、台湾、マカオ等華僑資本の連合経営の企業も含まれている。
  2. 村営企業。企業の資産が村全体に属し、企業が村全体によって運営される集団所有制企業。もちろん、村政府を経営主体として、多様な連合経営の企業も含まれる。
  3. 聨戸企業。企業の資産が一部の農民に属し、資産所有者である農民が運営する合作制企業である。これには、農民と農民の連合、農民と外国資本、華僑資本の連合経営の企業が含まれている。
  4. 個人企業。企業資産が個人に属し、国家規定の範囲内で従業員を雇って、資本主義的経営を営む零細企業である。

 郷鎮企業の定義はおよそ以上のようになるが、もっとも重要なのは1978年以降の改革開放による市場志向経済がもたらした変化であり、農村工業の役割が農業生産の補完だけではなくなったことである。具体的には1979年に国務院が発表した「社隊企業を発展させるための若干の問題に関する規定(試行草案)」に示されている。その規定によれば、郷鎮企業の発展の目的は第一には農業生産に、さらに国民生活、大工業、輸出の振興に奉仕することにあり、経営にあたっては、「因地制易」(各地の事情にふさわしい方法、手段)の原則の下に現地の資源を基本とし、原料、動力の確保を巡って、先進的な大規模工業と競争することは避けるべきであるとしている。

 郷鎮企業経営を許容する範囲として具体的に以下のような業種をあげている。

  1. 農業関連の消費財生産財の生産。つまり、農副産品加工、中小農具製造、農業用機械の修理とその部品加工、肥料や農薬や飼料の加工。
  2. 工業用原料、エネルギー、建築材料の採掘、生産と加工。具体的には、石炭、鉱産物の採掘、選鉱、メタンガス、レンガ、石炭、セメントの製造、水力と火力による1,200万ワット以下の規模の発電。
  3. 建築や運輸。荷物の積み降ろし。
  4. 伝統的な工芸品。輸出向け商品の生産及び補償貿易。
  5. 縫製、修理、旅館、飲食業。
  6. 更に条件の許す地方では、大規模工業の部品と半製品の生産請負。
  7. 半端なもの、或いは余分な原材料、廃棄物等を利用した小規模な化学、金属、冶金及び日用百貨の生産。

 郷鎮企業は中央政府によってこのような制限を受けながらも発展し、今日では中国経済を支える大きな柱となっている。次節では更に郷鎮企業を統計で分析する。


はじめに
第1章 中国経済の特徴
 第1節 比較体制論と経済開発論
 第2節 中国の経済史概略
 第3節 巨大な国土と人口
第2章 開発経済学のアプローチ
 第1節 工業化政策
 第2節 W.W.ロストウの離陸
 第3節 二重経済発展モデル
第3章 農村における近代的工業部門
 第1節 郷鎮企業の発展過程
 第2節 郷鎮企業の統計分析
おわりに
参考文献

トップページに戻る