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■『月刊 日本語 2006年2月号』P.12〜13より

「中国 オリンピックを控えた首都・北京で働く」


オリンピックを控え、開発ラッシュが急ピッチで進む。悠久の歴史と近代化の波が交錯し大きな変貌を遂げつつある北京の日本語教育事情を紹介します。

 取材・文:浅井裕理

日系企業進出による新たな動き

 「日本語学習の環境は安定しており、大きなぶれはありません」。北京で日本語教育に携わる人たちは口をそろえてそう指摘する。大学や民間学校が多い北京は、日本語を学ぶためのインフラが整い、教師陣も豊富で、学習者の層も厚い。日本語教師のネットワークがあり、教授法や教材について相談し合える環境が整っている。政治問題が浮上したり、反日デモが起こったりと、必ずしも順調とは言えない両国関係だが、だからといって日本語学習者の数が激減することはない。逆に、英語のような五輪開催に向けた学習ブームも見られないという。こうした傾向は北京独特のもののようだ。かつて、日本語を第一外国語とする教育機関が多かった東北地方では、10年ほど前から、英語を必修とする学校が増えた。また、日系のソフトウェア開発企業が多く進出する大連では、日本語熱が急激に高まっている。

 2008年に迫った五輪開催の準備が急ピッチで進む北京。日系企業の進出が相次ぎ、日本語教育では新たな動きが出はじめている。従業員に対する日本語研修を充実させる企業が目立つようになってきた。家電・IT分野の日系企業が中心だ。

 ひと口に社内研修といっても、職場環境により学習者のニーズは異なる。例えば、日本語学習経験がほとんどない人材が多い工場ラインでは、初級レベルに対応できる教師が求められる。工場の管理職の間では、本社や他社からの見学者や得意先とスムーズにコミュニケーションを取りたいという希望が強い。また本社では、しっかりとしたビジネス日本語を見に付けたいと考える学習者が多い。そのほか、将来、日本での研修が予定されている幹部候補の社員に対して、集中的に日本語を学習させる企業もある。

学習ニーズの多様化が教師採用に影響

 2003年前後から、企業での日本語研修が盛んになったことを受けて、社会人経験者を意識的に採用する民間学校が増えている。北京平成日本語学校もそうした教育機関の1つ。同校の学習者の内訳は、就学・留学希望者71人、高校・大学生243人、日系企業の社員187人の計401人(2005年1月現在)。高校・大学生の間では20代の若い先生の人気が高いが、企業研修では社会人経験が豊富な40〜60代の人材が求められる。「IT関連の日本語を勉強したい」「関西地区のクライアントが多いので大阪弁を教えてほしい」など、生徒の希望が多様化していることを受けて、同校ではさまざまなバックグラウンドを持つ教師の採用に努めている。同校で副校長を務める内田真人さんは「学習者のニーズにより、教師の採用条件が決まる傾向にある」と語る。

幅広い年代にわたって活躍する教師たち

 日本の中学や高校を退職したベテラン教師が、日本語教師として就職するケースもある。北京平成日本語学校で教える井邑義一・道子夫妻もそうした経験豊富な人材だ。1年間の通信教育で日本語教師に必要な知識を学び、観光ビザで北京入り。ウェッブサイトの情報を頼りに同校を訪れ、採用された。現在は週1日5コマ(1コマ50分)だけを担当。それぞれ社会科、数学教師としての長年の経験に裏付けされた丁寧な授業で、生徒たちの信頼も厚い。日本語を教えるのは始めての体験だが「生徒の反応に手応えを感じています」と義一さん。「自分のペースで仕事をしながら、名所旧跡の見学や旅行もしたいという、私たちの希望が理解される職場でよかった」と語る。

 日本語教師を目指して、北京に渡る20代も増えている。特に、日本語教師養成講座で学んだものの、日本ではフルタイムの就職が難しく、ほかのアルバイトを余儀なくされていた人たちが、「日本語を教えることだけで食べていきたい」と北京で働くことを希望するという。ただし、熱意だけで飛び込み、初めての海外生活で体調を崩してしまうケースもある。事前の短期留学・滞在で自分の適応力を確認するのも、最悪の事態を避ける方法の1つだ。

 留学修了後、中国で日本語を教えたいと、民間学校の扉をたたく日本人も多い。また、インターネットの募集情報を見て、日本から直接申し込む人やインターン制度の利用者も増えている。ビザの関係で、中国でのインターン期間は通常、半年から1年間と長い。生活補助手当が支給され、宿舎や食事が無償で提供される場合が多く、実質的に「就職」と変わらない。

 日本人教師を通じて日本を知りたいというニーズがますます高まる北京。多様化するニーズや変化の激しい生活環境に対応できる柔軟な人材が求められている。

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