トップ

■「日経新聞」2008年1月5日朝刊 架け橋の向こうに 第1部(4)

中国に響く「コンニチハ」


 「みなさん、こんにちは」。北京市内の三年制民間大学「北京城市学院」の教室で日本人講師、甲斐元樹さん(32)が呼びかけると、日本語学科2年生2班の37人が「コンニチハ」と大きな声で返し、日本語会話の授業が始まった。

 この日のテーマは「ごみの出し方」。空っぽのペットボトルを手に「私はお茶を全部飲んでしまいました。これはごみになりました」と話しかけ「非可燃[土立][土及]」と中国語で書いた画用紙を出すと、学生らは一斉に「燃えないごみ!」と反応。中国語による会話のプリントを配り、1人ずつ指名して日本語に訳させていった。

 多くの学生は日本への留学や日系企業への就職を希望している。女子学生の劉芳さん(20)は「北京で日本企業の秘書になりたい。毎日、予習しています」と目を輝かせる。ある男子学生(20)は「ゲームで日本の戦国時代の文化に興味を持ち、美術を学びに訪日したい」。

 愛知県内の大学を3年余りで中退しホテルに就職した甲斐さんは「親近感を抱いていた中国への思いを断ち切れず」に2001年から3年間、北京へ語学留学。いったん帰国して日本語教師の研修を受けた後、昨年7月に講師として赴任した。

 中国国内の日本語熱は思った以上に熱い。国際交流基金の調査によると、中国(台湾、香港を除く)の日本語学習者は06年時点で約68万人。国別でみると韓国に次いで2位であるうえ、3年前の前回調査から約76%も急増した。

 教育にカネをかけられる層が拡大し、大学進学率が上昇、昨年12月実施の日本語検定の受験者も前年比20%増の25万人に達した。同基金北京事務所の小西広明さん(44)は「試験会場さえ確保できれば、潜在的な受験者はもっと多い」と強調する。

 北京市内の中学校で唯一、日本語を必修とする月壇中学の張文生校長(43)も「07年の入学志望倍率は5倍に達し、面接で選考した。この学校の高い進学率は評価されている」と語学教育の実績に胸を張る。日本からの修学旅行生が年間平均約3000人も来校しており「相互交流をさらに深めたい」と話す。

 死角もある。政府開発援助(ODA)抑制の流れもあり、国際協力機構(JICA)による日本人講師の派遣は地方都市が中心。講師の定着率も悪く、必ずしも要望に応えきれていない。大半を占める中国人講師の技能向上も課題だ。

 中国からの不法入国者の増加などで審査を厳格化した日本の入管当局の姿勢も冷水を浴びせる結果になっている。

 五輪の公用語は英語と仏語。甲斐さんの派遣元「北京平成日本語学校」のカク志強校長(49)は「欧米企業への就職熱が高まるなど、日本語への関心は相対的に低下している」と言い切る。「日本語が話せる人は反日にはならない。交流拡大には、日本の大学が編入枠を広げるなど工夫が必要だ」。カク校長は言葉が持つ交流の力を訴えた。