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スペルマ!

『被告、前へ』
 此処は裁判所ではない。何故ならここには陪審員がいない、傍聴人がいない、そして何より、弁護士がいないのだ。しかし、ここは裁判所でもあるのだ。判事せきがあり、告発者がおり、被告人(僕だ)がいる。
 つまるところこの形式は私刑(リンチ」)なのであろう。
『被告・内田隆則。あなたはこの席上において虚偽を申し立てたりすると、詐称罪・法廷侮辱罪などで有罪になる事があります。

 『あなたはこの席上において真実のみを話す事を誓いますか』
 《真実》か……。面白い。
『被告! 誓いますか』
「はい。私、コト内田隆則は、この席上において真実のみを話す事を誓います。
 裁判長!
 私、コト内田隆則は、内田隆則の有罪を真実であると宣言します。

  ターン ターン
 木槌が二回、打ち鳴らされる。

「被告、内田隆則は、聞かれた事のみを答えるように。また、この席上において全ての発言は記録されます。被告自身の不利になるような事について、被告は発言を拒否する事が出来ます。よろしいですね。被告、席へ戻ってください」
「いや、喋らせてください。人間は喋る事によって、言葉を解する事によって人間足り得るんだ。人間が喋る事を許されないなんて、それこそ弱い葦のようなものだ。僕は喋る。喋る事によって人間になれるのだから」

 裁判長は困ったような顔をした。多分このような私刑(リンチ)を執行するのは、彼としてもあまり乗り気ではないし、馴れてもいないのであろう。
 だいたい、私刑(リンチ)なのだから廷吏でもなんでも使って口を塞ぐ事くらい訳無い筈なのだ。だが、普段の裁判で被告の発言権を無効にする事などまず無いので戸惑っているようだ。僕はここぞとばかりに喋り出した。

「良いですか、裁判長。私は、私が私であるために、私こと内田隆則に死刑を求刑致します。
 被告は《生》への渇望を持たず、サナトスばかりを夢に描くような男です。あまつさえ被告はサナトスを、死への渇望というものを、内田隆則を内田隆則たらしめんがためにつかい、人間足らしめるために使っているのです。
 確かに、内田隆則は人間で在り続けることに成功したかのように見えました。しかしながら内田隆則は生物で在るというレゾンテートルに失敗したのです。内田隆則は死物も同然なのです。破壊を望みながらアポトーシスしないキャンサーと同じようなものなのです。キャンサーに対抗するためには切除、つまり死を与えるべきなのです。アポトーシスをしないヒーラを集めたとき、人間を作ることは可能でしょうか? 否、不可能です。つまりヒーラは既に人間ではなく、生物で在りながらも無生物でも在るわけなのです。これと同様に内田隆則を集めても社会を形成することは不可能であり、結局できうるのはただの、キャンサーの固まりみたいなものなのです。使命を忘れたゲノムの集合体なのです。
 そう、僕は生命を維持し続けてはいるものの利己的な遺伝子の命令……そう、本能たるミームの増殖という目的を忘れた男なのです。つまり生命を持ってはいるものの生命足り得ていないのです。

 そう僕は……
 僕は、どんな小さな生き物。ゾウリムシやヒーラよりも下等なモノなのです……」

 ここまで言ったとき、僕は己がいかに小さなものかを知った。虫が這ったような痒みを頬に覚え、無意識に手をやった。
 僕の指先は濡れていた。

―― 僕は泣いているのか ――

 朧げな視界で裁判長席を見やると、苦渋に満ちた……いや、僕を蔑んでいるのかも知れない、そんな男が僕を見下ろしていた。

   ターン
    ターン

 裁判長が二回、木槌を鳴らした。
 そして僕に判決が下される。


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