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(4)生物学的要因からみる戦争の出現

 (3)では、経済学的な要因から戦争が起こるメカニズムを検証してみた。次に、生物学的な要因から戦争が起こるメカニズムを検証してみることにする。生物学の領域から考察すると、「戦争は種内淘汰(種内攻撃)」とみてとれる。いわば同族間の殺し合いとして、生物学的には判断できるわけである。もちろん群れ(家族・部族)の防衛という種を保つ本能が、人間にも備わっていることはいうまでもないことだ。他の動物と激しい生存競争をなしつつ、人類は生き延びてきており、その意味では攻撃本能や闘争本能は人間とは切り離せない存在である。しかし、戦争という人間行動は少し様相が違う。何故なら、外界からの攻撃に備えるのではなく、完全に種の内部だけで行われる人間の行動様式だからである。例えば、ブッシュ元アメリカ大統領がライオンに宣戦布告をしたことなど聞いたことがない。彼は同種のフセイン大統領とその国民を攻撃したわけである。戦争はもっぱら種内攻撃という、同じ仲間のライバルを押し退ける道具として用いられてきた。そして近年、道具はその規模と激しさを増し、ついには種の絶滅が可能なところまできてしまったのである。これはある意味では、矛盾をおびた「破滅にいたる進化」といえるかもしれない。では、一体人類はどうしてこのような「悪い淘汰」に身を委ねてしまったのであろうか。

 動物行動学者のコンラート・ローレンツ註G)はその著『攻撃』の中で、次のように説明している。

 「特に人間が、種内淘汰の悪い作用に身をゆだねているのには、はっきりした理由がある。人間は他の生物とは比べものにならないほど、周囲の自分以外の敵対勢力をすべて支配するに至った。クマとオオカミを人間は根こそぎにし、人間が人間にとってオオカミである、というラテン語のことわざが事実となったのだ」

 まさしく戦争とは、「人間が人間にとってオオカミである」ことの証明にほかならなかった。道具を使い、自然に働きかける技術を手に入れた人類は、自分がもう他の動物の餌食にならなくてすむとわかったとたん、その道貝と技術、つまり攻撃力を種内に持ち込んだのである。

 さらに、ローレンツ氏は、この観点から人間の攻撃本能が種内攻撃に向かっていく過程を心理的側面から解明している。

 「わたしたち人間の骨の髄まで、今日なお悪しき遺産となってしみ渡っているところの攻撃衝動が、数万年の間、つまり石器時代前期の間中、わたしたちの祖先に影響を及ぼし続けた淘汰の過程を通して、破滅ぎりぎりのところまで来てしまったのは、おそらく確かだということである。人間が武器で身を固め、衣服をまとい、社会を組織することによって、外から人間を脅かす飢えや、寒さや、大きな捕食獣に捕まるという危険をどうやら取り払い、その結果、これらの危険がもはや人間を淘汰する重要な要因とはならなくなったとき、まさにそのときに、種の内部に悪しき淘汰が現れてきたに違いない。こうなると、淘汰の腕を振うのは、敵対するとなり合わせの人間同士がする戦争ということになる」

 人類が、現代につながる文明の基礎を築き始めたその同じ時期に、経済と心理の両面に「戦争という悪魔」が潜むようになったという、歴史家と生物学者の指摘は実に的確である。何故、戦争は起きるのか、おぼろげながらその輪郭が判明してきた。以下で、「生存が確保されれば戦争は起きない」という仮説をもとに、「何故、戦争は起きるのか」という問いに答えていきたい。


序章
 学問とは自発的行為である
 学問とは自己満足の世界である
 学問的行為者の学問的行為
 学問は必ずしも社会の役に立たないのは当然
 私的空間と公的空間をつなぐ方法−論文−
 序章での引用文献・参考文献
第T章 何故、日本の物価は世界と比べて高いのか(経済学)
 (1)はじめに
 (2)為替レートの変化
 (3)内外価格差の現実
 (4)むすび
    第T章での引用文献・参考文献
第U章 何故、戦争は起こるのか(国際政治学)
 (1)はじめに
 (2)戦争の歴史
 (3)経済的要因からみる戦争の出現
 (4)生物学的要因からみる戦争の出現
 (5)何故、戦争は起きるのか
 (6)経済制裁で、北朝鮮を追いつめてはいけない
 (7)むすび
    第U章での引用文献・参考文献
第V章 何故、男は女を愛し、女は男を愛するのか(大脳生理学)
 (1)はじめに
 (2)男が女を愛し、女が男を愛する理由
 (3)男と女の関係を決める要素は何か
 (4)男と女のつりあった関係
 (5)むすび
    第V章での引用文献・参考文献
終章、あとがき

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